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禅宗と景教 シリーズ30:もし本有らば主を識るべし

<◆禅宗と景教 シリーズ30:もし本有らば主を識るべし>
則天武后が国号を唐から周に改めた大足元年(だいそくがんねん)、西暦701年、14歳の沙弥(しゃみ)、荷沢神会(かたくじんね)が初めて六祖慧能(ろくそえのう)に相見(しょうけん)した。
六祖は、「本来の面目は持ってるね。ならば、主人公も分かるだろう。ちょっと見せなさい。」と言った。すると若者は「無住をもって本とし、見るものが主です。」と即答した。六祖は「小僧、聞いた風なことを言うな!」と言い、打ちのめした。
今回は、『もし本有らば主を識るべし』の公案に参じて見ましょう。

神会の出自と出家の因縁
荷沢神会は、湖北省襄陽(じょうよう)の出身で、俗姓は高氏。10歳で五経や老荘を学び、習熟したと言うから、早熟な秀才だったようだ。その後、『後漢書(ごかんじょ)』を読んで仏教を知り、仕官の志を捨てて出家したと言う。
湖北省荊州(けいしゅう)の玉泉寺で、漸悟(ぜんご)を重んじる北宗禅の開祖、神秀(じんしゅう)に師事し、3年間修行した。則天武后が国号を唐から周に改めた大足元年、西暦701年、14歳になった沙弥は、神秀の勧めで、広東省曹渓(そうけい)に赴き、頓悟(とんご)を重んじる南宗禅の始祖で、中国禅宗の第六祖、慧能禅師に参じた。
ちなみに、湖北省荊州市から広東省曹渓(韶関市)までは、直線距離で約770キロ、今日、高速道路を利用しても約800キロ前後の路程を走破するには、8時間半から10時間を要するが、当時、湘江を遡り、山越えする主要ルートを徒歩で移動したとすれば、40日から50日を要したと見られる(AIの回答)。

慧能と神会の商量
慧能禅師は、方丈に入室(にっしつ)した神会少年に対して、「博識君、遠路ご苦労。(知識遠来大艱辛)」とねぎらいの言葉をかけると、単刀直入に「本(もと)を将ち来るや否や!(本来の面目は持ってるね。)」と問うた。
すると、少年は、「将ち来たれり」と即答した。
慧能禅師は、「それなら、主(人公)を見せてみろ!(若し本有らば、即ち主を識る合(べ)し)」と大難透の突っ込みを入れた。
しかし神会少年は、「私は無住を以て本と為す、見るところ即ち是れ主なり」と。あざやかに切り返した。
慧能禅師は、「小僧、聞いた風なことを言うな!(這の沙弥、争敢(いかでか)次語を取る)」と一喝し、杖で少年を乱打した。しかし神会少年は、乱打されながら歴劫難逢(りゃくごうなんほう)の大善智識に遭遇した喜びに浸ったと言う。(神会話録)

広州市の街角で耳にした『まさに住する所無くして其の心を生ずべし』と言う金剛経の一節を耳にして発心し、五祖弘忍に弟子入りした22歳の柴売り青年慧能は、その8カ月後に弘忍禅師の後継者に指名され、金剛経一巻を伝授されたが、「もし本有らば主を識るべし」と言う慧能禅師の問いに対して、14歳の神会少年は、慧能禅師が本領とする『金剛経』の『まさに住する所無くして其の心を生ずべし』を逆手にとって、「無住を以て本と為す、見るところ即ち是れ主なり」と切り返した。
これは、五祖の印可を得た自分の力量を探測する法性寺の印宗の意図を見抜いた慧能が、印宗が本領とする『涅槃経』を用いて、挑戦を受けて立ち、見事に回答したのと軌を一にしている。印宗はその時、四会の一介の猟師慧能に弟子入りを願ったが、慧能は神会少年を錫杖で乱打した。

公案の起源
『本来の面目』は、五祖弘忍の後継者に指名され六祖慧能が、江西省と広東省の省境に位置する大ゆ嶺で、五祖の衣鉢を取り返すため追いかけて来た恵明上座に対して発した問い、『善を思わず、悪を思わず、父母未生以前、正恁麼の時、那こかこれ、明上座本来の面目』を起源とする大公案で、禅宗教理の根幹を成している。
しかし、こうした教理が確立したのは、宋代以降のことで、禅宗が勃興した唐代に書かれたと見られる『六祖壇経』や『神会話録』の表現、「甚麼物(しぇんも・うー:どんなもの)が、恁麼来(ねんも・らい:どうやって来たって)?」や「もし本有らば主を識るべし」は難解だが、公案の原型を垣間見ることができる。

禅僧とネストリウス派の交流
また、『もし本有らば主を識るべし』と言う表現には、当時中国に伝えられたネストリウス派キリスト教の影響も感じられる。
イエズス会が17世紀に西安で発見した『大秦景教流行中国碑』には、西暦635年にオロペン(Alopen阿羅本:アブラハムの意)が21人の景教徒を率いて中国に赴き唐の太宗皇帝に拝謁、漢訳聖書を献上、中国における布教を正式に許可されたことが記されている。しかしこれは公式の記録で、それ以前から景教徒は中国で布教していたものと見られる。アッシリア東方教会(シリア教会)の初代大主教に列せられた十二使徒の一人、聖トマスは、イエス昇天の2年後、西暦35年頃アッシリアに赴き、次いでインドに伝道、7つの教会を建て、その後西暦62年に中国の北京に赴いたとされる。アッシリア東方教会は、中国では景教(Luminous Religion)と称された。
日本真言密教の開祖空海は、景教碑碑文の作者景浄の友人でカシミール出身の般若三蔵からサンスクリットを学んだとされる。したがって空海は、景浄や当時長安で活躍していた伊斯(イサク)等の景教徒とも親交をもったものと見られる。
六祖慧能の時代の禅僧、とりわけ荷沢神会少年などは、ネストリウス派のトマス福音書も習熟していたかもしれない。
さらに、なぜ、禅門の先人達の問答の記録が、公案(裁判案件)と呼ばれるようになったのかと言えば、これには、景教が説く『終わりの日=最後の審判』の教理が深く関わっているものとみられる。

求めるものには見出すまで求めることを止めさせてはならない
イエスが言った、「求めるものには見出すまで求めることを止めさせてはならない。そして彼が見出す時、動揺するであろう。そして、彼が動揺する時、驚くであろう。そして彼は万物を支配するであろう。
日本語版『トマスによる福音書』の著者、荒井献氏によると、『求める』ことの目標は、『万物を支配』することにあり、『万物を支配する』は、『王の支配』=『御国』と同義で、トマスにとって『御国』とは、究極的には『人間の本来的自己支配』のことと言う。
つまり、トマス福音書のイエスにとって救世主の役割は、『御国の現成』、究極的には『人間の本来的自己支配』の実現にあると言う。
禅宗と景教シリーズ一覧
◆禅宗と景教 シリーズ01:禅宗の起源
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 01:The Origin of Zen Buddhism
◆禅宗与景教 系列 01:禅宗的起源

◆禅宗と景教 シリーズ02:廓然無聖
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 02:Clear and void, no holiness
◆禅宗与景教 系列 02:廓然无圣
◆禅宗と景教 シリーズ03:再活現成
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 03:Spiritual rebirth
◆禅宗与景教 系列 03:再活现成

◆禅宗と景教 シリーズ04:十牛図
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 04:Ten Ox Herding Pictures
◆禅宗与景教 系列 04:十牛图
◆禅宗と景教 シリーズ05:鉄牛の機
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 05:The workings of the Iron Ox
◆禅宗与景教 系列 05:铁牛之机

◆禅宗と景教 シリーズ06:驀直に去れ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 06:Go straight
◆禅宗与景教 系列 06:蓦直去
◆禅宗と景教 シリーズ07:劫火洞然
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 07:The conflagration at the end of the eon
◆禅宗与景教 系列 07:劫火洞然

◆禅宗と景教 シリーズ08:拈華微笑
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 08:Flower Sermon
◆禅宗与景教 系列 08:拈华微笑
◆禅宗と景教 シリーズ09:両手たたいて商いせん
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 09:Do your business clapping both hands
◆禅宗与景教 系列 09:不如鼓两掌做生意
◆禅宗と景教 シリーズ10:七転八倒
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 10:Writhing in agony
◆禅宗与景教 系列 10:七颠八倒

◆禅宗と景教 シリーズ11:創造の時
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 11:The time of creation
◆禅宗与景教 系列 11:创世的时
◆禅宗と景教 シリーズ12:花婿と花嫁の部屋
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 12:Groom and bridal suite
◆禅宗与景教 系列 12:新郎与新娘套房
◆禅宗と景教 シリーズ13:命の泉
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 13:Spring of water welling up to eternal life
◆禅宗与景教 系列 13:永生的泉源
◆禅宗と景教 シリーズ14:放下着
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 14:Gelassenheit
◆禅宗与景教 系列 14:放下着
◆禅宗と景教 シリーズ15:罪祭の羊Ⅰ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 15:Lamb of Sin-offeringⅠ
◆禅宗与景教 系列15:赎罪祭的羔羊Ⅰ
◆禅宗と景教 シリーズ16:罪祭の羊Ⅱ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 16:Lamb of Sin-offeringⅡ
◆禅宗与景教 系列16:赎罪祭的羔羊Ⅱ
◆禅宗と景教 シリーズ17:罪祭の羊Ⅲ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 17:Lamb of Sin-offeringⅢ
◆禅宗与景教 系列17:赎罪祭的羔羊Ⅲ
◆禅宗と景教 シリーズ18:厩戸皇子Ⅰ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 18:Prince of Stable Ⅰ
◆禅宗与景教 系列18:厩户皇子Ⅰ
◆禅宗と景教 シリーズ19:厩戸皇子Ⅱ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 19:Prince of StableⅡ
◆禅宗与景教 系列19:厩户皇子Ⅱ
◆禅宗と景教 シリーズ20:厩戸皇子Ⅲ
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 20:Prince of StableⅢ
◆禅宗与景教 系列20:厩户皇子Ⅲ
◆禅宗と景教 シリーズ21:インモの道
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 21:The way of Suchness
◆禅宗与景教 系列 21:恁么道
◆禅宗と景教 シリーズ22:本来の師
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 22:One's own teacher
◆禅宗与景教 系列 22:本来师
◆禅宗と景教 シリーズ23:身心脱落
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 23:Body and mind will drop off naturally
◆禅宗与景教 系列 23:身心脱落
◆禅宗と景教 シリーズ24:万法帰一
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 24:The myriad things return to one
◆禅宗与景教 系列24:万法归一
◆禅宗と景教 シリーズ25:接物利生
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 25:Guiding and Aiding Living Beings
◆禅宗与景教 系列25:接物利生
◆禅宗と景教 シリーズ26:唯嫌揀択
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 26:Just refrain choosing
◆禅宗与景教 系列26:唯嫌拣择
◆禅宗と景教 シリーズ27:六祖の襲名
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 27:The succession to the sixth patriarch
◆禅宗与景教 系列27:六祖的袭名
◆禅宗と景教 シリーズ28:非風非幡
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 28:Not the Wind, Not the Flag
◆禅宗与景教 系列28:非风非幡
◆禅宗と景教 シリーズ29:説似一物即不中
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 29:To speak about a thing is to miss the mark
◆禅宗与景教 系列29:说似一物即不中
◆禅宗と景教 シリーズ30:もし本有らば主を識るべし
◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 30:If you have your original face, you should know the Lord.
◆禅宗与景教 系列30:若有本、即合識主
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