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禅宗と景教 シリーズ27:六祖の襲名

中国禅宗は、150歳余で中国広東省広州に上陸、その後河南省嵩山少林寺付属の祠(ほこら)で面壁九年、160歳余で遷化した初祖達磨から、湖北省の破頭山で仙人を相手に弘法したとされる四祖道信に至るまで、さしたる発展は見られなかったが、五祖弘忍の法を嗣いだ六祖慧能の下で急成長を遂げた。今回は、六祖襲名の因縁に参じてみましょう。

身はこれ菩提樹
唐王朝が全盛を極めた太宗皇帝の貞観(じょうがん)年間(627-649)のこと、中国湖北省蘄州黄梅県黄梅山東山寺の住職、五祖弘忍大師(602-675)は、ある日、自身の後を託する六祖を指名するため、弟子たちにその心境を偈(詩)にして、それぞれ南廊の壁に張り出すよう命じた。

上座の神秀(605-706)は直ちに「身はこれ菩提樹、心は明鏡台のごとし。時時に払拭して塵埃をひかしむるなかれ」と大書した。
神秀の偈を見た弘忍大師は、他の弟子たちに、香を焚き、日夜朗読して、偈に従って修行するよう求めたが、その一方で、神秀に「確かに良い偈だが、十分ではない、別にもう1つ作ってみよ」と命じた。

本来無一物
ところが神秀がまだ2番目の偈を完成しないうちに、米つきをしていた新参の恵能(638-713)が、文盲にも関わらず「菩提もと樹にあらず、明鏡また台なし。本来無一物いずれのところにか塵埃をひかん」と詠み、弟子の1人に頼んで、神秀の偈の隣りに書き添えてもらった。
弘忍大師は、その偈を見て内心大いに感心したものの、「真の悟道にはほど遠い」と述べ恵能の偈をはぎ取ってしまった。しかし弘忍大師は、その日から恵能に特別レッスンを施し、金剛経一巻を説き終わると、衣鉢を授け、他の弟子たちの嫉みを受けぬよう密かに南方に逐電させた。
この結果、弘忍大師の死後、中国北部には神秀の流れをくみ漸進的修行を重んじる北漸派が興隆、南部には六祖恵能の流れをくみ頓悟を重んじる南頓派が隆盛を極めることになる。
神秀と恵能の偈は表裏一体であり、弘忍大師は最も賢明な措置をとったものと見られる。悟りに南頓北漸の違いがある訳ではなく、悟りを開く時は常に頓悟である。また悟ったからと言って煩悩から解放され修行や実践の必要がなくなる訳ではなく、依然として時々に塵埃を払拭する努力を欠かすことはできない。修行や実践の伴わない悟りなど存在しないからである。

四品将軍陳恵明出家の因縁
さて、東山寺には、恵明と言う上座がいた。出家する前の四品将軍と言う肩書きから見て、相当高位の武官だったようだが、剛毅朴訥な明上座は、権謀術数が渦巻き、時には苛斂誅求にも手を染めねばならない宮廷政治や武官の務めに嫌気がさし、出家したものの、10年以上修行しても、悟りが開けず悶々としていた。ところが、米つきの沙弥、恵能が、密かに五祖から第六祖の印可を受け、出奔したことを知り、我に返た明上座は、矢も楯もたまらず健脚にものを言わせ恵能を追いかけ、終に江西省と広東省の省境に位置する大ゆ嶺で追いついた。



不思善不思悪
恵能は、てっきり大力無双の明上座が衣鉢を取り返すために追いかけて来たものと思い、「この衣は信を表わす。力をもって争うべけんや、君が将(も)ち去るに任す」といって、衣鉢を岩の上に放り出した。しかし明上座は、「我は来たって法を求む、衣のためにするに非ず。願わくば行者(あんじゃ)開示したまえ」とかえって教えを請うた。
そこで六祖は、すかさず「善を思わず、悪を思わず、父母未生以前、正恁麼の時、那こかこれ、明上座本来の面目」と大音声で問た。これを聞き全身に汗をかき大悟した明上座は、涙を流して礼拝すると、かさねて「今おっしゃった密語密意の外に、さらに意旨(いし)有りや」問うた。すると恵能禅師は、「私が説いたものは、密語でも密意でもない。自分自身を返照するなら(本来の面目を悟るなら)、密は(私の言葉ではなく)あなた自身の足下にある」と答えた。(無門関第二十三則)
言葉が神と共にあり、神そのものであった原初(ヨハネ1:1-2)、換言すれば、父母未生以前の本来の自己に立ち返るなら、天上天下唯我独尊、草木国土は本来成仏していると言う究極の救い(永遠の命)を得ることができる。その時、御国はあなたの内にあり、また外にある。

六祖の襲名
唐の高宗の上元三年、西暦676年、正月十五日、中国広東省広州の法性寺において一人の青年の剃髪式が行われた。翌月二月八日には、西安の智光律師、蘇州の慧静律師、荆州の通応律師、中天竺の耆多羅律師、西域の密多三蔵法師を、それぞれ授戒師、羯磨(karma)師(夏安居終わりの反省会≪羯磨≫の司会を務める上座を羯磨師と言う)、教授師、説戒師、証戒師として招請、盛大な授戒式が執り行われた。こうして達磨が中国に禅宗を伝えて以来、六代目に当たる六祖恵能禅師が誕生した。









二人の三蔵法師の預言の成就
これを去ること256年前、魏晋南北朝時代の宋(南朝)の武帝の時(西暦420年)、天竺の求那祓陀羅三蔵法師(394-468)がこの地に戒壇を築いた際、「将来、肉身の菩薩がこの戒壇で具足戒を受けるであろう」と述べ、また174年前、梁の武帝の天監元年(西暦502年)に、天竺の智薬三蔵法師がこの地に菩提樹の苗木を植えた際、「170年後、肉身の菩薩が現れ、この菩提樹の下で説法し、無量の衆生を済度するであろう。この方こそ仏心印法を伝える救世主である」と述べられた。恵能の剃髪受戒は、両三蔵法師の預言の成就であり、寺の境内に建てられた七重の塔には、一千有余年を経た今日も、恵能の髪が収められていると言う。
恵能は、この時まで広州市で柴売りを生業とする一介の青年(39歳、中年?)に過ぎなかったが、並み居る高僧を押しのけ、突如、中国禅宗六代目の祖師の座に就いた。このため、この剃髪受戒式は、ナザレの大工の子イエスが、ヨルダン川で洗礼者ヨハネの洗礼を受け(マルコ1:9/マタイ3:13)、ベタニアおけるヨハネの証言を通じてイスラエル宗教界にデビューしたのと同様、中国仏教史に一時代を画する象徴的事件とされる。当時イエスも30代半ばだったようだ。(ルカ3:23)

南頓北漸の起源
恐らく、魏晋南北朝時代に複数の先達により陸路と海路を通じて中国に伝えられた禅宗は、北朝が支配する中原では、≪二入四行論≫が説く『行』を重んじる漸進的な教禅一味の宗風を、南朝が支配する南中国では、頓悟を重んじる不立文字・教外別伝の宗風をそれぞれ開花させたが、後世になって、中国禅宗史の第一ページを飾るスペクタクルとして、南朝きっての仏教庇護者梁の武帝と達磨の対決が、アレンジされたものと見られる。
異民族の王朝が興亡した中原では、そ時々の政権によりしばしば廃仏毀釈政策が打ち出されたこともあって、始祖達磨、二祖慧可、三祖僧璨、四祖道信(580-651)の時代までは、さしたる発展は見られなかったが、唐王朝により中国全土が統一され、取り分け高宗の皇后武則天が実権を掌握した頃には、五祖弘忍(601-675)の下で中原においても禅宗が急成長を遂げた。






処女降誕
ちなみに、五祖弘忍の俗姓は周氏とされるが、これは母の姓で、父親は不詳。伝説によれば、母の体内に宿った破頭山の仙人の生まれ変わりと言う。
四祖道信が湖北省黄梅県の破頭山に住み着くと、同山の主の仙人も弟子入りを願い出た。これに対して道信は「齢百歳を超えた仙人を弟子にする訳には行かないが、生まれ変わって弟子入りしたいと言うなら入門を許そう」と答えた。がっかりした仙人が山を下って里に出ると一人の娘が小川で洗濯をしていた。そこで仙人は、「生まれ変わって出直せば、弟子入りを許す」と言う道信の言葉を思い出し、早速その娘に「宿を借りたい」と尋ねた。娘が「ぼろ家で宜しければどうぞ」と答えると、仙人はチャッカリ娘の腹に潜り込んでしまった。娘の腹が大きくなると、家族は不埒なことをしでかした娘を家から追い出した。
娘は月満ちて男の子を産んだが、人々は母親と一緒に乞食をして回るこの子を無姓児(むしょうに)と呼んだ。黄梅県の街角で七歳になったこの無姓児と出会った道信が、名を尋ねると「俺の名は仏性だ」と答えた。道信はこの子に惚れ込み、破頭山の仙人の生まれ変わりとはつゆ知らず母親からもらい受け、黄梅山東山寺で出家させた。この無姓児こそ後の五祖弘忍と言う。
この説話はイエスの処女降誕を彷彿とさせるが、福音書作家マルコがマリア・サロメ(最後の晩餐が行われた家の家主)との間に生まれたイエスの実子の可能性が疑われるように、弘忍も道信の実子だったのではなかろうか。



禅宗と景教シリーズ一覧
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◆Zen Buddhism and Nestorianism Series 01:The Origin of Zen Buddhism
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◆禅宗と景教 シリーズ03:再活現成
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◆禅宗と景教 シリーズ04:十牛図
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◆禅宗と景教 シリーズ07:劫火洞然
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